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東京地方裁判所 昭和42年(行ク)4号 決定 1967年1月27日

申立人 下光輝一

被申立人 新宿区選挙管理委員会

主文

本件申立てを却下する。

申立費用は申立人の負担とする。

理由

一、本件申立ての趣旨は、「被申立人は申立人に対し、選挙人名簿に登録されるべき旨の決定書を直ちに交付しなければならない。または、申立人は、昭和四二年一月二九日被申立人が設置した東京都新宿区立淀橋第七小学校投票所において衆議院議員選挙および最高裁判所裁判官の国民審査の投票をすることができる。」というのであり、その理由は別紙「申請の理由」記載のとおりである。

二、よつて判断するのに、申立人は、昭和四一年法律第七七号による改正後の公職選挙法(以下「新選挙法」という。)が、四二条一項において選挙人名簿に登録されていない者は投票することができないとしながら、一九条以下の規定により、この登録を毎年三月三〇日と九月三〇日の二回に限ると定めたことは憲法に保障された国民の選挙権等の行使を不当に侵害するものであると主張する。

そこで、まず、昭和四一年法律第七七号による改正前の公職選挙法(以下「旧選挙法」という)の選挙人名簿の登録に関する規定を概観すると、同法は、選挙人名簿に基本選挙人名簿と補充選挙人名簿の二種類があるものとし(一九条)、基本選挙人名簿は、市町村選挙管理委員会が毎年九月一五日現在により、法定の住所要件を具えるものを職権で調査して(ただし、選挙人の年令は一二月二〇日を基準として算定する。)一〇月三一日までにこれを調製し(二〇条一、二項)、法定期間縦覧に供した(二二条。選挙人はこの縦覧期間内に異議を申し出ることができ、その決定に対しさらに訴訟を提起することができる。二三条、二四条)のち、一二月二〇日をもつて確定すると定め(二五条一項)、かようにして確定した基本選挙人名簿を確定の日から次年の一二月一九日まで一年間据えおかなければならないとした(二五条二項)が、この基本選挙人名簿の一箇年据置主義から生ずる欠陥を是正して、当該選挙における形式的な投票権者の数を実質的な有権者の数に近づけるため、市町村選挙管理委員会は、選挙がおこなわれる都度、未登録の有権者で住所要件を具える者(この要件の存否は、選挙管理委員会が定めた補充選挙人名簿調製の期日による。二七条三項、二六条三項)の申請により、これらの者を登録する補充選挙人名簿を調製すべきものとし(二六条)、縦覧を経て確定した(縦覧期間および確定の日等は選挙管理委員会が定める。二七条三項)補充選挙人名簿は基本選挙人名簿が効力を有する間その効力を有するものとした(二八条)。そして、右いずれの選挙人名簿にも登録されず、しかも前記異議、訴訟手続によつて得た登録されるべき旨の決定書または確定判決書も所持しない者は投票することができないものと定めた(四二条)。

ところが、新選挙法は、旧選挙法四二条の規定をそのまま存置する一方、従来の選挙人名簿制度を根本的に改め、永久に据えおくべき選挙人名簿に一本化するとともに、市町村選挙管理委員会は毎年三月三〇日および九月三〇日の二回に選挙人名簿の登録をおこなうものとした(一九条一、二項)。そして、この登録についても、選挙管理委員会の職権登録主義を原則として廃止し、毎年三月一日または九月一日までに年令および住所要件を具えるにいたつた者が選挙管理委員会に登録の申出をするものとし(二一条)、三月一日までに登録の申出をした者については同月一〇日までに、九月一日までに登録の申出をした者については同月一〇日までに、いずれも当該選挙管理委員会がこれらの者をその市町村の選挙人名簿に登録すべき者として決定しなければならず(二二条一項)、ただ補充的に、右の登録の申出をしない者でも毎年九月一日現在により年令および住所要件を具える者があることを選挙管理委員会が知つたときは、職権で同月一〇日まで登録すべき者としての決定をすることができるものとし(二二条三項)、この登録すべき者として決定した書面を法定期間縦覧に供した(二三条。選挙人はこの縦覧期間内に異議を申し出ることができ、その決定に対してさらに訴訟を提起しうること旧選挙法とほぼ同様。二四条、二五条)のち、三月三〇日および九月三〇日に選挙人名簿に登録すべきことを定めた(二六条)。ただし、新選挙法施行の年である昭和四一年に限つては、本来の登録申出期限である九月一日を一〇月一〇日とし、同日現在で年令および住所要件を具える者を選挙人名簿に登録すべき日を一一月一日とする特例を設けた(附則六条、昭和四一年政令第二八六号附則二条)。

また、昭和四一年法律第七七号による改正後の最高裁判所裁判官国民審査法(以下「新審査法」という。)によると、衆議院議員の選挙権を有する者は審査権を有し(四条)、審査には公職選挙法に規定する選挙人名簿で衆議院議員総選挙について用いられるものを用い(八条)、審査の方法は投票により(六条一項)、投票に関しては衆議院議員の選挙の投票の例による(二六条)と定められている。

以上の新選挙法および新審査法の規定によると、法定の選挙人名簿の登録日の後に選挙権および審査権を取得した者は、つぎに来たるべき登録の日まで選挙人名簿の登録をうけられない結果、選挙権等を取得してから六箇月間現実に投票することができないという場合も起りうることになる。この点は、選挙の都度、補充選挙人名簿を作成すべきものとしていた旧選挙法施行当時と比較し、いわゆる新有権者の選挙権等の行使に制約を加えることになつたといわなければならない。

本件の疏明によると、申立人は昭和四一年一二月二八日をもつて年令満二〇年に達したものであることが認められるから、現在まで引き続き三箇月以上肩書地に住所を有し、かつ選挙権を有しないとされる法定の事由がないとしても、新選挙法の規定に従うかぎり、昭和四二年三月三〇日まで選挙人名簿に登録されず、したがつて本件選挙および審査にあたつては、その選挙権および審査権を有するにもかかわらず、現実に投票することが許されないこととなる。そこで、申立人は、以上のような点をとらえて、新選挙法の前記規定は旧選挙法の改悪であり、憲法一四条、一五条に違反すると主張するのである。

もとより、公務員を選定し、または罷免することは、国民固有の権利であり、公務員の選挙について成年者による普通選挙を保障することは、憲法一五条の明記するところであるが、他方、憲法は、衆参両議院議員の選挙人の資格、その投票の方法その他議員の選挙に関する事項および最高裁判所裁判官の審査に関する事項は、いずれも法律で定めると規定して(四四条、四七条、七九条四項)、これに関して立法府たる国会の裁量にゆだねている。そこで、国会が憲法の授権にもとづきこれら選挙および審査に関する事項を立法する場合には、複雑多岐にわたる社会組織のもとで多数の選挙人によつておこなわれる選挙もしくは審査を混乱なく公正かつ能率的に執行するため、その裁量の範囲内において、国民の選挙権等の行使に必要な制約を加えることも当然許されるものというべきであり、公職選挙法が、選挙人を確認する目的のために選挙人名簿制度を設け、選挙人名簿に登録された選挙人でなければ選挙権を行使しえないとするいわゆる強制名簿主義を採用していることなどは、まさに右の要請にもとづく必然の制限である。そして、かような選挙人名簿制度をとる以上、選挙権の取得と選挙人名簿の登録を時間的に一致させることはとうてい望みえないところであるから、選挙権を有する者をいかなる時期にいかなる方法によつて選挙人名簿に登録するのが適当であるかは、決して選択をいれる余地のないほど明らかなことではなく、結局、選挙権を保障した憲法の趣旨と選挙制度全体の適正な運営の確保という観点から綜合的に判断し決定すべき立法政策の問題である。したがつて、新選挙法がかような考慮を経て年二回の登録方式を採用した結果、あらたに選挙権を取得した者で投票できないものが生じるからといつて、それだけで直ちに右立法が憲法一五条の選挙権の一般的保障に反するものということはできないし、また、等しく選挙権を有する者でありながら、登録の有無によつて、選挙権を行使しうる者としえない者とが生じるとしても、選挙人名簿制度の前記の意義にかんがみ、それをもつて憲法一四条の法の下の平等に反するとすることはできない。

以上の次第で、新選挙法の選挙人名簿の登録に関する規定を違憲無効ということはできないから、右規定により、申立人は被申立人に対し、選挙人名簿の登録その他の行為を求める権利がないというべきである。してみると、右のような権利があることを前提として申請の趣旨記載の裁判を求める本件申立ては、その余の点につき検討するまでもなく失当たるを免れない。よつて、申立費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 緒方節郎 中川幹郎 佐藤繁)

(別紙)

申請の理由

一、申立人は、

本籍 広島県高田郡向原町大字坂四二九〇番地

であるが、昭和二一年一二月二八日東京都渋谷区にある日赤中央病院で出生したので、昭和四一年一二月二八日をもつて満二〇才で、成年に達したものである。

そして、肩書地には昭和二六年九月一六日以来引続いて居住している。

二、ところで、公職選挙法第九条第一項によれば、満二〇才に達すれば、衆議院議員の選挙権を有するので、申立人も右議員の選挙権を有するに至つたものであり、したがつて最高裁判所裁判官の審査権をも取得した。

引続いて三ケ月以上居住しているので、国会議員ばかりでなく、同条第二項の地方公共団体の議会の議員の選挙権をも保有していることになる。

三、ところで、同法第四二条によれば、たとえ選挙権を有していても、選挙人名簿に登録されていないものは、実際に選挙権を行使して投票することができない。

そのため、同法第二一条によつて、選挙権を有しているもので、選挙人名簿に登録されていないものは、その登録の申出ができるのである。

四、そこで、申立人は、新宿区役所からのすゝめに従つて、昭和四二年一月十一日、早速その所管の被申立人宛に、新宿区柏木特別出張所を通じて選挙人名簿の登録申請書を提出した。

五、ところが、被申立人は、同法第一九条第二項によつて、選挙人名簿の登録は毎年三月三〇日と九月三〇日となつていることを楯にとつて、その登録をしないのである。

そのため申立人は、成年に達し、しかも同法第一一条の欠格者でもないのに投票することができない実状である。

六、昭和四一年度の同法改正前は、申立人のような場合は、補充選挙人名簿の制度があつて、成年に達したばかりのものでも選挙権の行使として投票することができたのであつた。これをこのように改悪してしまつたために、申立人は次に述べるような憲法で保障されている国民の基本的人権の一つである選挙権および国民審査権を行使することができないのである。(なお、申立人のような被害者が全国では約四十万人いるということであるが、これは由々しい問題である)。

七、憲法第四四条には、「両議院の議員の選挙人は法律でこれを定める」とし、「但し人種、信条、性別、社会的身分、門地、教育、財産又は収入によつて差別してはならない」と、例示的に不平等の取扱を禁止している。

同第一五条第一項は「公務員を選定し、及びこれを罷免することは国民の固有の権利である」同第三項「公務員の選挙については、成年者による普通選挙を保障する」としている外に、同第一四条第一項には、すべて国民は法の下に平等であることを保障している。

八、しかるに、申立人の本件選挙権および国民審査権は、単に出生した年月日のみによつて、その行使を許さない結果になつているのである。出産の日時という不合理な理由によつて特別待遇を受け、国民の最も神聖な固有権である選挙権および国民審査権の行使を妨げるというのは、前記の憲法に違反するものである。

公職選挙法第一九条第二項は憲法に違反するものであつて、無効のものである。

九、なお、同法第二二条によれば、申立人のように毎年三月一日までに選挙人名簿の登録申請をなしたものは、三月一〇日までに選挙人名簿に登録すべきであるから、現在直ちに申立人の申請を入れて登録できる筈であるのに、選挙管理委員会は、三月一〇日にならなければ登録できないとしている。

このような見解並びに取扱はやはり前述の憲法に違反するものである。

一〇、本件の場合一見行政処分がないように見えるが、名簿の登録を拒否しているのは行為または処分が存在すると考えられるし、現在までも拒否を続けているのであるから、継続的なものともいえる。

したがつて、この継続的な拒否行為を差止めることは、一種の取消訴訟としてこの拒否行為を差止める趣旨の訴訟は抗告訴訟として認められて然るべきである。

しかして、この拒否行為は、前述の公職選挙法の改正が憲法選反であるとすれば、この行為も憲法に抵触するものである。

そして、この場合行訴法第二十五条第二項によつて、回復のできない損害を避けるため緊急の必要があるので、この拒否行為を、執行停止する意味において、この条文による執行停止が可能となるであろう。

一一、本件のような、民主国家の最も重要な固有権の選挙権および国民審査権であり、他に救済の方法もない上、行政庁の裁量行為ではなく、法律そのものが違憲の疑がある場合なので、このような裁判所の処置も割合制約を受けないものであろう。よつて、至急前記被申立人の拒否行為を差止めるため、申請の趣旨のような決定を求めるものである。

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